胎内記憶とは

日本のあるマタニティ雑誌が 2006年に行なったアンケートによると、ほとんどの妊婦さんが胎内記憶の存在を知っています。胎内記憶がこれだけ急速に受け入れられたことに、私は深い感慨を覚えます。

私が胎内記憶(胎内にいた時の記憶) について調査を始めたのは1999年ごろです。
その頃は、小児科医に「生まれる前のことを覚えている子供がいるという話を聞いたことがありますか」と質問すると、「何をばかなことを言っているのか」と呆れられたものです。

しかし欧米では 1970年代から胎児や新生児の能力、そしてその時の記憶に関する研究は始まっていました。
日本でも関連書が 1980年代後半から翻訳出版されましたが、医療現場に影響はなく、一般の人にもほとんど知られていなかったようです。

ところが、私が調査を始めると、多くの子どもに胎内記憶や誕生記憶があり、赤ちゃんにははっきりした意思や感情があることがわかりました。
私は調査結果をまとめ、2001年、全国保険医団体連合会で発表しました。
その内容が全国紙に紹介されると、
「自分が変なのかと思っていました」「これまで誰にも信じてもらえませんでした」といった手紙やファクスが寄せられるようになりました。 その後2003年にラジオに出演したときには、一時間の生放送で何通ものファクスが寄せられるなど、大きな反響を呼びました。

2005年、アメリカ・サンディエゴで出生前・周産期心理学協会のリーダーであるデヴィッド・チェンバレン博士にインタビューしたとき、彼は私にメッセージを寄せてくれました。

「私はこれまでの調査すべてから、記憶は人間としてのあり方の一部である、と考えるようになりました。記憶ははじめからあり、また人生のどの時点にも存在するのです。記憶は、人間であるということのひとつの特性であり、一面です。記憶はある程度成長してから身につくものではなく、はじめから私たちと共にあるものなのです」

胎内記憶を認めるということは、胎児を一人前の存在として尊重することにつながります。このことは、本来あるべき分娩、育児のあり方を模索するうえで、きわめて参考になるのです。
出生前後の記憶を調査することで、私が実感しているメリットをまとめてみましょう。

(1)胎内記憶を知っている妊婦は胎児に話しかけることなどの行動を通じ、妊娠期から母子の絆を深めることができきる。

(2)胎内記憶を知ると、父親もわが子を胎児期から意識するようになり、親になるための心の準備を整えることができる。また、子どもの誕生後も積極的に育児に関わるようになるため、母親の負担が減って、家族が円満になる。

(3)父親が胎児に心をかけていることを感じた妊婦は、心理的に安定します。妊婦の心理状態は分娩プロセスに少なからず影響を及ぼすため、結果的に安産になりやすくなる。

(4)現在のお産は、母体死亡や死産を防ぐことのみを目標としがちだが、誕生記憶があることを知った医療者は、母子の身体面だけでなく情緒面の安全にも配慮するようになるため、母子の絆を深める分娩ができるようになる。

(5)分娩は育児の重要な通過点であるため、母子関係にとって健やかなスタートとなれば、その後の育児困難も軽減される。

胎内記憶・誕生記憶を手がかりにすると、胎児や新生児への接し方を深く理解することとなり、育児の重要な通過点としての分娩を、よりよいものに変えていくことができます。
それは、ただ子どもの心と母子にとって望ましいだけでなく、子どもに負担をかける医療介入を最小限にとどめることで、身体面でもより安全な分娩を実現できるのです。

母子の絆を深める胎児期を過ごし、その絆を断ちきらない分娩によって誕生するなら、好ましい影響が及ぶことは簡単に想像できます。子どもをめぐるさまざまな問題が表面化している現代、私たちは胎児期と分娩のあり方の重要性について注目する必要があるといえます。